擬態

例えば、畑の柵は、たいていあり合わせのもので設えられている。細い鉄柱にワイヤーを渡しているものがあって、硬さと重さが宙でつり合った他の柵には無いラインが楽しくて道沿いに追っていくと、最後の鉄柱から斜めに端っこが土の中にもぐっていっている。それで、うわーっと嬉しくなりながら、これは以前には無かった感じだと思う。
続くこと、繰り返すこと、突然終わること、変な角度で合わさること、不規則なこと、規則が破れること等々から意思めいたものを感じること、目が合ったと感じることは、以前には無かった。
呼び水をいっぱい注ぎ込まれて、ことばが世界の背後でもぞもぞしだしたのかもしれない、と思いつつ、そうだとしたら流通している言葉とあんまりかけ離れているので、どこがどう繋がるのだろうと考えていると、唐突に、流通している言葉は、ことばが擬態しているのかもしれないと思いつく。唐突と言っても、たぶん、遺伝子と言葉の競合ではどちらが優位に立つか考えていたので、流通している言葉はことばの生き残り戦略ではなかろうかという方向に行ったと思われる。
生き残り戦略としての擬態説が妄想だとしても、ギョッとしたのはここからである。印刷物だったか看板だったかに書かれた文言を見て、軽い気持ちで「お!擬態してるな。」と思ってみたところ、ばれたかって感じで動き出すのだ。動くというのは、視覚的にではなくて、ニヤッて感じだったり澄ました感じだったりお勧めする感じだったり、ヌルって感じだったり。微動だにしないものも多いけれど。
洗濯機の「水位」スイッチの擬態を見破ったときは、拡がりが大きすぎて諦めた。そんなわけで、歩きながら看板読んでにやにやしてる。

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シゲ

  • Author:シゲ
  • 39才。女。司法書士事務所で、クレサラのお仕事に従事。写真はうちのアカントステガ。


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